カ ト リ ッ ク 土 浦 教 会

山田宣明神父寄稿 (2002.4)
50周年に寄せて


随分昔の話になりますが、最初の土浦教会の献堂式に参加したのは小学生の時でした。 水戸から大人といっしょに出かけましたが、ミサまでに時間があったので、教会の裏庭で遊んでおりました。 その頃、井戸の近くにザクロの木があり、美味しそうなザクロの実がなっていたので、つい友達と一緒にそれを採って食べてしまいました。 甘酸っぱい独特の香りでとても美味しかったのですが、その頃はミサの前には何も食べたり飲んだりしてはいけない時代でした。 しまったと思った時は既に遅く、せっかく献堂式のミサに参加しながら、聖体を頂けなかった悔しい思い出があります。
子供の頃、その後も何度か土浦教会に遊びに行きました。 古い日本家屋で、聖堂は畳だったと思います。 そこにひざまずいて延々30分もかかるロザリオと聖マリアの連祷を唱えるのは、子供にとって辛いことでした。 でも、大人に交じって自分より小さな子供達が大勢祈っていたのを憶えております。

今は幼稚園も立派になり、独立した聖堂もでき、新しい司祭館もみごとに建て替えられ、信徒の数も増えて、充実した50年の歩みが偲ばれます。 幼稚園の一部に、昔からのお蔵が残っているのも味わい深いと思います。
土浦教会の印象は、信徒がとても家族的で、誰がどの方の奥様で、誰がどの方のご主人か分からない程、兄弟姉妹のような親しい関わりを感じさせられます。 ご婦人方がお互いに親しいだけでなく、壮年達も親しく付き合っているのが特徴です。 その理由は、恐らく時々の飲み会にあるのでしょう。 そして、それに加えて、県内の教会の中でマリッジ・エンカウンターに参加したご夫婦の数が、恐らく最も多いことがその理由かも知れません。

土浦教会は、取手教会を生み、つくば教会を生んだと言えます。 県内宣教司牧の拠点としての歩みを遂げました。そうしたこれまでの歩みの中で、多くの困難や生みの苦しみもあったに違いありません。 もう既にこの世を去られた方々の恵みもこの50年の中には多く潜んでいることでしょう。
50年のお祝いを期に、土浦教会が、これまでの充実した50年の歩みを土台に、これからも県南の親教会としての貫禄を更に増して、 地域の宣教司牧と教育・福祉に貢献して行かれますことをお祈り申し上げます。


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